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横浜地方裁判所 昭和50年(ワ)1326号 判決 1976年5月31日

原告

飯田一芳

被告

伊達邦子

ほか一名

主文

被告伊達邦子は、原告に対し、金一一一万五四四九円及びこれに対する昭和五〇年一一月六日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告の被告伊達邦子に対するその余の請求及び被告桔梗屋洋紙株式会社に対する請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、原告と被告伊達邦子との間においては、原告に生じた費用の一五分の一を被告伊達邦子の負担とし、その余は各自の負担とし、原告と被告桔梗屋洋紙株式会社との間においては、全部原告の負担とする。

この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自金八四六万八七〇〇円及びこれに対する被告伊達邦子(以下、被告邦子という。)においては昭和五〇年一一月六日から、被告桔梗屋洋紙株式会社(以下、被告会社という。)においては同年同月二日からそれぞれ支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の被告らに対する請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  左のとおりの交通事故(以下、本件事故という。)が発生した。

(一) 発生日時 昭和四九年五月一六日午後三時五分ころ

(二) 発生場所 横浜市磯子区森一丁目四番地先路上

(三) 加害者 自家用普通乗用自動車(横浜五一す五〇六五号)

運転者 被告 邦子

(四) 被害車 営業用普通乗用自動車

運転者 訴外 前田兵吉

同乗者 原告及び訴外市川和雄

(五) 態様 被害車が、前記場所先の交差点に設置された信号機の表示する停止信号に従つて、前記場所に停車中、後方から進行してきた加害車が、その前部を被害車後部に追突させた。

2  原告は、本件事故の衝突の衝撃により、頸椎、胸椎及び腰椎捻挫の傷害を負い、昭和四九年五月一六日から昭和五〇年五月二六日まで治療実日数一一九日間、磯子中央病院において通院加療を受け、さらに右傷害は、同日、第三、四及び五頸椎変形、前屈制限並びに頭痛、頸部痛、肩凝等神経系統の機態障害を遺して治癒した。

3  本件事故は、被告邦子の前方注視義務違反の過失により発生したから、被告邦子は、民法七〇九条により、本件事故の結果原告の蒙つた損害を賠償する責任を負う。

4  被告会社は、訴外日産サニー神奈川販売株式会社から、加害車を所有権留保特約付きで購入し、本件事故当時、加害車の使用者として自動車登録をしていたから、加害車を自己のため運行の用に供する者として、自動車損害賠償保障法(以下、自賠法という。)三条本文により、本件事故の結果原告の蒙つた損害を賠償する責任がある。

5  原告は、右2の傷害及び後遺障害により、次のとおりの損害を蒙つた。

(一) 通院交通費 金七万八五三〇円

原告は、右2の傷害により、昭和四九年五月一六日、前記病院から帰宅のためタクシー代として金七八〇円の支払いを余儀なくされ、さらに同年同月一七日から同年六月二八日まで三六日間の通院のためタクシー代として金六万九一二〇円及び同年七月一日から昭和五〇年五月二六日まで八二日間の通院のためバス及び電車代として金八六三〇円の支払いを余儀なくされ、右合計金七万八五三〇円の損害を蒙つた。

(二) 診断書料 金四〇〇〇円

原告は、右2の傷害により、前記病院に対し、診断書料として金四〇〇〇円の支払いを余儀なくされ、同額の損害を蒙つた。

(三) 逸失利益金 五二四万三二〇〇円

原告は、本件事故当時、横浜市の職員として同市下水道局第二下水道建設事務所に勤務し、一か年当り金一六七万九九八六円の収入を得ていたが、右2の後遺障害により、少なくとも一四パーセントの労働能力を喪失したから、原告は、二四歳六月であつた本件事故当日から六七歳に達するまで四二年六か月間、右割合により得べかりし利益を失つた。これをホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して現在価格にすると、金五二四万三二〇〇円となる。

(四) 慰藉料 金二八九万三〇〇〇円

(1) 傷害慰藉料 金八〇万三〇〇〇円

原告は、右2の傷害により、当初前記病院から入院の指示があつたが、勤務の職責上已むなく通院加療とし、右2のとおりの通院加療を受けたのであつて、原告が右2の傷害により受けた精神的苦痛を慰藉するには金八〇万三〇〇〇円が相当である。

(2) 後遺障害慰藉料 金二〇九万円

原告は、右2の後遺障害のため事故当時の職務を継続し難く、已むなく将来の不利益を忍んで事務量の少ない勤務への配置換えを懇請し、昭和四九年一〇月八日横浜市都市開発局新横浜駅前区画整理事務所に転じたのであつて、原告が右2の後遺障害により受けた精神的苦痛を慰藉するには金二〇九万円が相当である。

(五) 弁護士費用 金二五万円

原告は、被告らが本件損害賠償債務を任意に履行しないため、弁護士である原告訴訟代理人に本件訴訟の提起追行を委任し、着手金及び報酬として相当額を負担することを余儀なくされたが、その内金二五万円が本件事故と因果関係を有し原告が被告らに対し賠償を請求しうる損害である。

5  結論

よつて、原告は、被告らに対し、本件交通事故による損害賠償債務の履行として、各自金八四六万八七〇〇円及びこれに対する被告邦子においては同被告に右金員を請求した訴変更申立書が送達された翌日である昭和五〇年一一月六日から、被告会社においては同被告に同申立書が送達された翌日である同年同月二日からそれぞれ支払いずみまで民事法定利率である年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  1及び3の事実は認める。

2  2の事実中、後遺障害の点は否認し、その余は知らない。

3  4の事実は認め、原告の主張は争そう。

4  5の事実中、(一)のタクシー利用の必要性、(三)の後遺障害による労働能力の喪失及び(四)の(2)の後遺障害の存在は否認し、その余は知らない。

三  抗弁

被告会社は、昭和四九年三月五日、被告邦子の夫である訴外伊達徹に対し、加害車を売却し、本件事故当時単に登録名義が残つていたに過ぎないから、被告会社は当時加害車を自己のため運行の用に供していなかつた。

四  抗弁に対する認否

否認する。登録名義の残つている以上、被告ら主張の売買は第三者に対抗できない。さらに被告ら訴訟代理人は、被害車の運転者である前田を原告、本件被告らを被告らとする当庁昭和四九年(ワ)第一八一七号損害賠償請求事件につき昭和五〇年一〇月二一日成立した和解において、被告会社の運行供用者責任を肯認している。

第三証拠〔略〕

理由

第一本件事故の発生

請求原因1の事実については、当事者間に争いがない。

第二被告邦子の責任

請求原因3の事実については、当事者間に争いがない。以上の事実によれば、被告邦子は、民法七〇九条により、本件事故の結果原告の蒙つた損害を賠償する責任があることになる。

第三被告会社の責任

一  被告会社が、訴外日産サニー神奈川販売株式会社から加害車を所有権留保特約付きで購入し、本件事故当時加害車の使用者として自動車登録をしていた事実については、当事者間に争いがない。

二  しかし、証人伊達徹の証言及びこれにより真正に成立したと認められる乙第一号証によれば、被告会社が、加害車を約四年間使用し自動車検査証の有効期限も間もなく到来することになつたのでこれを処分することとし、昭和四九年三月五日、訴外伊達徹に対し、加害車を金三〇〇〇円で売却し、伊達から右代金の支払いを受けて加害車を伊達に引渡し、以後伊達の妻である被告邦子が、加害車につき継続検査を受けかつそのためのものを含む修理をして本件事故当時これを専ら私用のため運行の用に供していた事実を認めることができる。右認定を覆えすに足りる証拠はない。右事実によれば、被告会社は、使用者としての自動車登録にもかかわらず、右伊達に対する売却により、その後は加害車の運行に対する関与を一切失なつたといわざるをえないから、原告の被告会社に対する自賠法三条本文による請求は、その余の点につき判断するまでもなく、失当として棄却を免れない。

三  原告は、自動車の所有権移転につき登録が対抗要件となることを根拠に、右二の結論を争うが、所有権移転の対抗と運行供与者性の得喪とは、それぞれ異なる法理に服するのであり、右主張は失当である。又、証人伊達徹の証言によれば、伊達は被告会社の取締役であり、かつ伊達と被告会社との間の右売買につき取締役会の決議のない事実を認めることができるが、この点も同様に右二の結論を左右しない。さらに原告は、被告ら代理人の別件における訴訟活動を根拠に、右二の結論を争うが、被告らが本件において被告会社の運行供用者性を争うことが訴訟上の信義則に反するというべき事実は格別窺われず、他に右主張を正当とすべき根拠はない。

第三原告の損害

一  原告本人の供述及びこれにより真正に成立したと認められる甲第三、第五号証によれば、請求原因2の事実を認めることができる。右認定を覆えすに足りる証拠はない。

二  そこで、原告が右傷害及び後遺障害により蒙つた損害の金額につき判断する。

(一)  通院等交通費 金六万九〇五〇円

原告本人の供述及び弁論の全趣旨によれば、原告が、右一の傷害の結果、本件事故当日から昭和四九年六月二八日まで移動に際しタクシーを使用せざるをえず、同年五月一六日前記磯子中央病院から帰宅するため金七八〇円及び同年同月一七日から同年六月二八日までの間に三六回自宅から右病院を経て勤務先に行きそこから帰宅するため一回当り金一九二〇円合計金六万九一二〇円の総合計金六万九九〇〇円のタクシー代の支払いを余儀なくされた事実並びに右一の傷害の結果同年七月一日から昭和五〇年五月二六日までの間に右病院に通院のため一回当り金五〇円の五七日分金二八五〇円のバス代及び一回当り金一四〇円の二五日分金三五〇〇円の電車・バス代の合計金六三五〇円の支払いを余儀なくされた事実を認めることができる。右認定を覆えすに足りる証拠はない。しかし、右の内タクシー代については、通常通勤に要する費用を含むものであり、原告本人の供述によれば、当時通常通勤に要する費用は一回当り金二〇〇円であつたと認められるから、その三六回分金七二〇〇円を右交通費総合計金七万六二五〇円から差引いた金六万九〇五〇円が、原告が交通費として蒙つた損害額となる。

(二)  診断書料 金四〇〇〇円

原告本人の供述により真正に成立したと認められる甲第九号証の一、二及び弁論の全趣旨によれば、原告が、本件事故の処理のため、診断書二通を要し、前記病院に対し診断書料として合計金四〇〇〇円の支払いを余儀なくされて同額の損害を蒙つた事実を認めることができる。

(三)  逸失利益 金九万二三九九円

(1) 成立の真正につき当事者間に争いのない甲第四号証及び原告本人の供述によれば、原告が、本件事故当時、横浜市の職員として同市下水道局第二下水道建設事務所に勤務し、一か年当り金一六七万九九八六円の収入を得ていた事実を認めることができる。右認定を覆えすに足りる証拠はない。

(2) 原告が本件事故の結果受けた後遺障害の部位及び程度並びにその固定の時期は右一に認定のとおりである。但し、頸椎変形及び前屈制限についても神経系統の機能障害についても、その程度を明らかにする資料がなく、結局右後遺障害は、自賠法施行令別表一四級一〇号の局部に神経症状を残すものに該当するにとどまるというべきであつて、これを越えるものと認めるに足りる証拠はない。そうして、右後遺障害の部位及び程度に照らせば、原告は、昭和五〇年五月二六日、右後遺障害の固定により、従前の労働能力を五パーセント喪失し、かつその状態は右固定の日から一年間継続すると考えるのが相当である。

(3) 勤労者の給与が昭和四九年から昭和五〇年にかけて一〇パーセントを下らない上昇をみたことは公知である。そうすると、原告が右後遺障害の固定により喪失した労働能力を金銭に見積れば、別紙計算表のとおり金九万二三九九円となる。

(4) 被告は、原告に現実の収入の減少のないことを主張して、右(3)の結論を争う。しかし、右(1)に認定の原告の従前の収入が労働の対価であつて、かつ原告本人の供述により原告が右後遺障害の結果事務作業の能率の低下を蒙つた事実が認められる以上、たとえ給与体系の性格上現実の収入の減少がないとしても、それは原告が従前余暇等にむけていた労働能力を右勤務に振り当てた結果であるとも考えられ、右主張事実のみではまだ右(3)の結論を左右するに足りない。

(四)  慰藉料 金八五万円

右一及び(三)の(2)に認定の傷害及び後遺障害の部位及び程度、前記第一の本件事故の態様その他本件にあらわれた一切の事情を総合勘案すれば、原告が本件事故の結果蒙つた精神的苦痛を慰藉するには金八五万円が相当である。

(五)  弁護士費用 金一〇万円

弁論の全趣旨によれば、原告が、被告邦子が本件損害賠償債務を任意に履行しないため、弁護士である原告訴訟代理人に本件訴訟の提起追行を委任し、着手金及び報酬として相当額を負担することを余儀なくされた事実を認めることができ、本件訴訟の経緯及び認容額に照らせば、右の内金一〇万円を本件事故と相当因果関係があり原告が被告邦子に対し損害として賠償を請求しうる金額とするのが相当である。

第四結論

以上のとおり、原告は、被告邦子に対し、本件事故による損害賠償債務の履行として、前記第三の二の(一)ないし(五)の合計金一一一万五四四九円及びこれに対する本件事故の後でありかつ被告邦子に対し訴変更申立書が送達された翌日であることが記録上明らかな昭和五〇年一一月六日から支払いずみまで民事法定利率である年五分の割合による遅延損害金の支払いを請求することができるから、原告の被告邦子に対する請求を右限度で認容し、原告の被告邦子に対するその余の請求及び被告会社に対する請求をいずれも失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 江田五月)

(別紙) 計算表

1,679,986円×(1+10%/100)×5%/100×1年=92,399円

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